「ちょっと早めの年末年始のご挨拶」

慌ただしく過ぎ去る日々、今年もあと少しであっという間に終わりそうですよ。

このドタバタの季節をいかがお過ごしですか?そして2018年はどのような一年だったでしょうか?

ふむふむ、なるほど・・・それは良かったですね。ほおほお、それは大変でしたね。

とにかくまあいろいろあった一年だったのですね。

オツカレサマデシタ。

 

 

僕たちの多くはとにかく結果をすぐに見たがるのですね。だからとにかくいつもいつも焦っているのですね。

心はいつもそわそわザワザワして頭の中は未来の結果のことばかりに向いているので、目ん玉も顔も姿勢も前に飛び出していきそうなくらい前のめりです。その結果、つま先体重になってしまって実際につまずきやすくなる人もいます。腹部や胸部の圧迫から内臓の不調や呼吸の乱れが生じ、その肉体的な不調が心の状態にも影響を与えてしまいます。そうしてますますそわそわザワザワしてさらにはイライラカリカリして他人にガツンと当たってくる人もいます。ダメですよ。もっと謙虚に生きていかないとね。

 

とまあ偉そうに語っている僕はと言うと・・・

そうですね、謙虚だったかどうかは置いといて・・・

今年も相変わらずのんびりだらだらマイペースに過ごしてきたのではないかなと思います。

「ほおほお、でもそれってあなたがもって生まれた性質とか性格の問題じゃないの?」なんて言う人がいるかどうかは知りませんが、僕はいまでこそマイペースにのんびりしていますが実はとってもソワソワ落ち着きがなく止まることなく動き回っている人間でした。そしてマイペースとはほど遠いミーハーで周りの意見や情報に流されている人間でしたよ。だけど今の自分は昔に比べるとかなり落ち着いているのではないかなと思う次第です。

それはなぜかと言われると、「まあヨーガに出会ったからだよ。」という如何にもヨーガ指導者にありがちな「ヨーガはとっても素晴らしいのだー」みたいなありがちな返答をうっかりとしてしまいそうですが・・・でもその返答ってとっても抽象的でよく分からないですからね。

だからそこはそう言いたい気持ちをぐっと堪えて違う返答にしましょう。

 

なぜ僕が落ち着きを取り戻せたかと言うと・・・

「結果にこだわることをやめたから。」ですね。

たったそれだけでございます。もうちょっと詳しく・・・

 

一般的に”結果”なんてモノは絶対的に未来にしか存在しないものでしょう。

だけどもヨーガの哲学では”結果”というものは今ここに存在するのだよといっていますね。

 

これってどちらも別に間違っているわけではないですよね。そう思いませんか。

どちらの文脈も”行為の結果”として”未来の結果”があるよと言っているわけですよね。

今この瞬間に何をするのかが、今から先の未来を決めるということです。

 

例えば、

たくさんの利益(未来の結果)を出したければ、たくさん働くor効率よく利益を出す方法を考えるetc...(今ここの行為)というようなことです。また未来への投資という考え方もできるわけですね。そのために資格を取ることも今ここの行為によって未来の結果を変えようとしているわけですよね。

つまり今この瞬間に今ここで何をするのかということが未来の結果な訳です。

だから”結果”というものは未来にも今ここにも存在するのです。

 

なんのこっちゃとややこしい話になってしまいました。

さてさて話を戻しましょう。

「僕は結果にこだわることをやめたのだー!」ということでしたが、それは未来の結果が今ここにあるのであれば未来ばっかりを見て浮き足立ってそわそわしていても何の意味もないのだよね。ということに気づいたからです。

ここでいう”結果”とは将来的な夢や目標のことなのですが、そのことを考えたりぼんやり空想する時間は必要だろうなと思いますよ。

だけど未来のことばかりを考えていたところでは残念ながら未来は何も変わらないのですよね。そのことに気づかず僕たちは未来にばかり意識を向けてどうしようどうしようと焦るのです。

「だから焦っても意味はないですよと・・・」

焦って焦ってよりよい結果が訪れるのであれば世の中のほとんどの人がこんなにも苦しんでいないのではないかなと思うのです。

 

そう、僕たちは苦しんでいるのです。

その原因は今ここをどのような状態で過ごすのかによって生みだしているのですね。

その今ここの状態というのが、どこに意識をフォーカスしながら過ごすのかということです。

流行の言葉を使うのは躊躇われるのですが、あえて言うならそれこそがいま流行の「マインドフルネス」ですね。

横文字にしたとたんとってもカッコいいなーと思います。それはつまり気づきの練習ですよ。

気づきは過去や未来に起こるものではなく、絶対的に今ここにしか起こりません。これはもう絶対です。

 

例えば、いま読んでいるこの文章を50音の一文字一文字として読んでいる人はどれくらいいますか?

い・な・い・と・お・も・い・ま・す・よ・だ・っ・て・じ・か・ん・が・か・か・る・し・め・ん・ど・く・さ・い・し・ね・

 

ほとんどの人が文章を読みながら「この文章の並びならこの単語だろうな。この単語の次に続く単語はこうかな。」といわゆる予測で読んでいると思います。そう。いわゆる予測変換。そしてそれこそが未来を先読みするということです。文章を読むことに対してさえも僕たちは焦っているのかも知れませんね。

そして僕が面白いなーと思うのは、予測変換ってたまにミスが起こることあるでしょ?メールとかで誤字が起こるのはほとんどの場合は予測変換のミスなのではないかなと思います。つまり僕たちは予測変換を信用しすぎてしまうあまりに疑うことをなくしているのですね。ということは未来の結果を予測(こうなればいいな、こうしたい。)しすぎてそのことだけになってしまい、今ここでミスを犯していることに気づけていないのかもしれないですよね。

 

だから予測変換をミスらないために必要なことは、今ここの一字一句を丁寧に見つめながら読み進めるということです。

それはあくまでも例えですが、気づきをもつ練習というのはそのようなものでしょうね。

 

 

ああ、もうなんだか長くなってきたのでこのあたりでまとめてしまいます・・・ムリヤリ。

 

・今ここに意識を向けて丁寧に行為することで未来は自ずと訪れるのだ。

・未来の結果は今ここで生みだし続けているのだよ。

・「その行為の結果が未来の苦を生みだすのだ」とヨーガの師たちは言っています。

・だからこそ今ここの行為に専念することで未来は良くも悪くも変わるのだ。

・どうせならよりよい人生を生きていきたいなと思うので今ここの行為をよりよい結果を生みだすための行為に変えていくのだ。

・だけど未来の結果ばかりにとらわれて今ここに落ち着くことを忘れてしまいがちだから意識を研ぎすますのだ。

・それが気づきの練習。つまりそれこそがヨーガの実践なのだ。

 

 

 

以上で何末年始のご挨拶と代えさせていただきます。チャンチャン・・・

2018年度お世話になった方々、本当にありがとうございました。2019年度も引き続きよろしくお願いいたします。

相変わらずのマイペースをかえるつもりはなく、ご迷惑をおかけすることもあると思いますが今までどおり温かい目で見てやってくださいませ。

残りの今年を悔いなく、新たな年を喜びに満ちて過ごされますように。

 

では僕は明日から旅に出てきます。

PCは置いていくのでちょっと早めのご挨拶をさせていただきました。

 

 

ではまた来年お会いしましょう。

ありがとうございました。

 

pitori yama

 

 

 

 

 

 

 

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