『感じて動く』

 

僕はヨーガのクラスに対して、その人の想像力が刺激されるようなイメージできる言葉がけでおこなうことが大切であると考えています。

そしてヨーガのクラス指導は1時間半ほどのライブステージであるとも考えています。

だからクラス中は僕自身もヨーガモードに切り替わります。

それはいわゆる変性意識(トランス状態)のようなもので、日常ではまず出てこないような言葉や表現がポコポコとわき上がって来るのです。

そんなとき僕は、「天から言葉が降ってくるのだ。」という表現をするのですがそれは不思議でもなんでもなく

僕の意識の深い領域いわゆる潜在意識からその言葉達はポコポコと溢れてくるのです。

僕にとってヨーガのクラスを行う時間とはこの潜在意識の蓋をパカッとあける時間でもあります。

 

そのような時間は僕と参加してくれた方との心と心での対話が可能になるような気がします。

言うなればヨーガのクラスは僕とみんなのコミュニケーションの時間。

そのたった1時間半の中で体はもちろん心も大きく動くように声をかけています。

感動することで心は打ち震えます。

その心の震えこそが肉体への刺激であり、人生をよりよく歩むための原動力となります。

つまり心が震えるような感動があってこそ体を使ってアクションを起こすことが出来るのです。

まさに読んで字の如く、感じて動くことが感動です。

 

お金を払って時間を割いてわざわざクラスに来てくださった参加者の方々にいかに自分の世界感や空気感を伝えられるか?

いかにその時間や感動を味わっていただけるか?

僕の中ではそこが一番大切なのです。

(ときに押しつけのような説教臭いことも話してしまっているようですがそれも潜在意識の仕業ですから僕の顕在意識にはどうすることもできないのです。だから嫌だなって思う人は二度とクラスに来ませんね。でもそれでいいのだーとバカボンのパパも言っていましたから。)

 

 

そしてここからが大切で、クラスから離れた後もその時に体験したことの余韻を味わい雰囲気やイメージを思い出しながら日常を楽しんでもらえるか・・・

実はクラス内で行うことよりもそちらの方が僕にとっては重きを置きたい部分で、それこそが僕のヨーガのクラスづくりのコンセプトでありテーマなのです。

 

ヨーガの学びや教えは日常でこそ役立てるべきものではないでしょうか。

日常生活にもその体験や気づきを持ち帰りいただき自分で実践できることを知ってもらいたいのです。

ヨーガの先生なんてものは、悪い言い方をすれば所詮は参加者の引き立て役で大層なことも伝えていません。ごく当たり前なことをそれっぽく(笑)話しているだけです。でもそれをクラスだけで終わらせるのではなくいかに自立心をもって日常に戻っていただけるか。そしてそれが叶ったのであれば自分の役目はもうおしまいです。

だけど運動という観点だけでヨーガを見ていると日常に役立つものは肉体的な健康だけになってしまいます。そのようなクラス展開をすれば参加者の方は離れていきません。つまりヨーガの練習で大切な要素であるを継続を促すことができるのです。(だけどもそれを依存とも言うとか言わないとか・・)

まあでもそれでも肉体的な健康は人間の幸せのために大切な要素ですからいいのでしょうが・・・ね。

 

 

 

とにかく、クラスから離れた後の在り方をお伝えするためには理論や理屈だけではなかなか難しいと思います。

 

例え話や表現、イメージや想像力を働かせて自分の生活にいかに体験や気づきを落とし込んでいけるのか。

それがとても大切でそうしてはじめて変わり始めることが多いと思います。

 

だからこそ感動を生みだすための語彙力が必要で自由に表現するためのイメージできる脳みそが必要なのです。

 

そのために昔から僕が実践することがあります。それは本を読むこと、絵を描くこと、ものづくりをすること、山に登ること、海に潜ること、ふざけること、バカ笑いすること、そして少しのスピリチュアリティー・・・

 

その全てが僕にとって必要なことなのです。まずはなによりも自分自身が感動する日々を送っていないといけませんね。

 

 

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