『そこへ至ること』

 

 

 

あなたはいま元気ですか。

あなたはいま健康ですか。

あなたはいま幸せですか。

あなたはいま満たされていますか。

あなたはいま平和ですか。

あなたはいま静かですか。

あなたはいま穏やかですか。

あなたはいま微笑んでいますか。

 

ではわたしはと言うと、いつもそのようにあろうと心がけています・・・

 

 

ところでこのような話を聞いたことがありませんか。

 

「平和という世界はなく、平和に至ろうと進む道こそが平和である。」

 

「平和な世界はない。」ずばりそのように言われてしまうとなんだかがっかりしますよね。

だけどよく考えてみると実はこれけっしてネガティブではなく、むしろポジティブなものなのですよね。

 

たしかにこの世界を見ていると平和な世界とはほど遠い悲惨な出来事がたくさん起こっています。

現実的に見て、だから平和な世界はないのだと・・・

だけども悲惨で平和ではない世界の実情を目の当たりにしたときある人々は、戦争反対や平和な世界を取り戻すべきだと声を荒げてみたり正義と称して暴力(言葉も行動も含む)をふるってしまうこともあるのです。それこそが平和という世界からかけ離れていくことになるとも考えずにです。

 

思考とは思い考えることであり、思想とは違うものです。

人間は様々な思考をすることでものごとや問題を建設的に解決していくことができると思うのですが、思想というものは人々を区別し差別し自と他の対立を引き起こす可能性のあるものなのではないかなと思うのです。

 

しかし僕は、人間には思考と同じように思想も大切であると考えます。

思想とは簡単に言えば自分の信条だったり信仰だったりです。

 

思想があるからこそ自分の人生での軸が生まれ自分だけの生き方ができるのでしょう。

他人や社会ありきの自分ではなく、自分ありきの他人や社会。

他人や社会という自分の外にあるものに依存と執着をすることはわたしを弱くします。

他人や社会ではなく自分の内にある感覚、思考、感情、直感に従うことは依存や執着ではありません。それは反対にわたしを強くします。

 

そして先ほどの思想について・・・

思想とは各々が信じる考え方や生き方の指針となる哲学です。だからどのような思想を持とうが自由です。だけどもこの世は思想を押し付けてくるし、なによりも自分で思考することなく他人の思想を鵜呑みにしてしまう。

だから僕たちは弱くなっていく・・・

 

はじめの問いかけに戻りましょう。

 

あなたはいま元気ですか。

あなたはいま健康ですか。

あなたはいま幸せですか。

あなたはいま満たされていますか。

あなたはいま平和ですか。

あなたはいま静かですか。

あなたはいま穏やかですか。

あなたはいま微笑んでいますか。

 

そのことについて、他人や社会が決めた価値観に流されていませんか。

周りの人がそう言っているから自分もそうしていないとダメだと思い込んでいませんか。

 

私たちは他人や社会ありきの自分で生きていくのではなく、自分ありきの他人や社会を生きていくのです。

 

そのためには元気、健康、幸せ、満たされ感、平和、静けさ、穏やかさ、微笑みを無理にいますぐ求めなくてもいいのではないかなと思うのです。周りに合わせようとすればするほど自分を見失い、そうなれない自分がますます嫌いになってしまいます。またそうなることを過剰に期待して結果ばかりを追い求めて焦りと緊張で生きていく。

 

私たちは多くを求めます。しかしすぐには理想には至れません。

だからこそ自己否定や自己嫌悪の感情が起こるのではないかなと・・・

 

でも大丈夫です。

全てはそこへ向かっている過程が大切なのです。

そこへ至ろうとすることを止めないかぎり元気、健康、幸せ、満たされ感、平和、静けさ、穏やかさ、微笑みを失くすことはありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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