「おちついてみること」

地震に大雨、最近の日本は落ち着かずに動き続けています。

その現象が自然の流れや動きであるのであれば、私たち人間は諦めることしかできないのかも知れません。

そうすることで人間は前を向いて前に向かってずっと生きてきたはずです。

 

だけど、いざ諦めろと言われても、諦めきれませんよね。それはとてもよく分かります。

だけどその事実を受け入れ、諦められなければ、いつまでもいつまでも身体と心にその現象の記憶がこびりついたままです。

記憶とは脳の中に蓄積された過去の経験だけではなく、この肉体が、この心が、さらには内臓、血管、神経、細胞etc...といった身体の組織全てにこびりついているものなのだと思います。

たぶんそれを仏教では「業」(サンスクリット語でカルマ、パーリ語でカンマ)と考えるのでしょう。

業は私たちの人生に良くも悪くも影響を与えるそうで、いわば私たちの人生は業に支配されていると考えてもいいのかも知れません。

(運命論とはまたちょっと違うのです。運命は変えられますが、業は変えられません。)

 

 

まあ、いまはそのような小難しい話は関係ないのでやめておきまして、諦めるために何をすれば良いのかということを書きますよ。

諦めとは放棄です。カッコつけて英語で言うなら「サレンダー」。

諦めとは、最大の努力をしたのだけども、「これ以上はどうしようもない。」というときにおこる感覚です。

だけど残念ながら多くの人は諦めることがなかなかできずにとことんまで努力と称した悪あがきをしたがります。

 

 

では、どうすれば諦められるのか。

そのポイントはリラックスをすることです。わたしたちは心身がくつろいでいる時にこそ現実を冷静に見つめ、その事実を受け入れることができるものです。

 

再び小難しい話をすると、自律神経が交感神経優位から副交感神経優位になっている時にはくつろぎがあります。

そしてこの自律神経は、交感神経優位のときが動物的な状態で、副交感神経優位なときが植物的な状態です。

動物は危険や攻撃、いわゆるストレスから逃げようとしますし、戦おうともします。お腹が減ったら自分から食物を求めて移動します。また種を残すために生殖活動もしますが、そのほとんどは能動的です。

では、植物はどうでしょうか。動物に対して全てが受動的だと思いませんか?

 

はい、これがポイントです。

諦めるとは、植物になること。ではなく植物のように受動的になることです。わたしたちはとにかく能動的すぎるのです。なんでもかんでも自分で出来ると考え、自分でやろうとしすぎます。

だからこそ自然環境や自然現象に対してさえもなんとかしてやろうと考えてしまうわけです。

 

とにかく、全てを放棄して流れに身を委ねて受動的になりましょうよ。

たまにはのんびり散歩して、そこらにある木にそっと触れてみてください。木はわたしたちに教えてくれますよ。

「もっと受け身になってみなさい。そうすれば調和の世界に生きられるよ。」と。

 

 

 

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【では実際にくつろぎ落ち着くための方法です。】

 

 

椅子や床で緊張のない座り方を見つけましょう。

みぞおちに指先を軽く触れてふわっと押してみてください。

 

そこに感じるドキドキはゆっくりですか?

それとも少しハイペースですか?

それともかなりハイペースですか?

 

ドキドキがハイペースだなと感じた人は少し緊張して力んでいるのかも知れませんよ。

それは地震や大雨の恐怖からかも知れないし、または日常の些細なことの蓄積かも知れない、はたまた過去からの何かかも知れない。

 

 

度合いの差こそあれ、それらはどれもストレス反応です。

 

そんなときは、みぞおちに指先を優しく触れたままゆっくりゆっくり呼吸をしましょう。(鼻呼吸でも口呼吸でも構いません。)

吸う息でドキドキをさらに感じますが、大丈夫。

吐く息でドキドキは落ち着いていきます。

 

気持ちとドキドキが落ち着いてくるまで、何度か繰り返してください。

 

 

【慣れてきた方へ。】

呼吸を無理のない範囲で深く長くしますが、その際とくに吐く息に意識をフォーカスしてください。

吐く息とドキドキの関連を感じ取ってください。さらに呼吸の出入りを出来る限り静かにできればできるほど効果的です。

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生きとし生けるものが安らぎと静けさに包まれ生きていけますように。

生きとし生けるものが平和に満ちた幸せな毎日を過ごせますように。

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